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2011.03.20

ビルケナウ Oswiecim

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                  Painted by Illustrator Yurika Nishi



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重いお尻を持ち上げ??今日、トータル13日滞在したお気に入りのホステルをチェックアウトしました、、、
かなり名残惜しいですが(-_-)そうも言ってられません。
本当に家みたいで・・・
ホステルのスタッフの皆さんの優しいさが嬉しかったです。
今晩の夜行バスにて、ハンガリー・ブダペストを目指します。
ブダペストは温泉の地と聞いています・・・・∩(`・ω・´)∩
ムホホホホホホホ~★
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第2アウシュヴィッツ ビルケナウ。
アウシュヴィッツ強制収容所から約2kmの場所にあります。
博物館から無料バスが出ています。(冬場は本数が減るよう、帰りは良い時間にバスが無かったので歩いて帰りました。徒歩約20分です)
ここは唐沢さん扮する財前教授が歩いた所。
ほんまにあの回は強烈に覚えてる・・・誰か私と同じ方いらっしゃいますか?
今も思うけど、すごい台本やんね。
でも、あのシーンは財前教授の本当の人格を垣間見れた気がする。


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一枚目、正面奥に見えているのが、「死の門」 死の門側から入ってきます。
すると広大な敷地に点々とバラックが並んでいます。
バラックによっては当時のまま保存されているものもあり自由に見て回れるようです。
正直、私は最初に行ったアウシュヴィッツ強制収容所博物館の方で胸がいっぱいになり、ビルケナウではバラックに入りませんでした。
死の門から鉄道の引き込み線が尽きるところにある国際慰霊碑までを往復しました。
一歩一歩噛みしめながら・・・。
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この地を訪れて以降、線路を歩いて渡る際、ビルケナウの死の門へと続く線路を思い出し、胸が締め付けられます。この線路ももしかすると、あそこへ続いていたのかな、、、、なんて考えます。
それだけ、衝撃を受けた場所でした。


今回、ドイツ・ベルリンでベルリンの壁を見て、ドイツの家族から当時のドイツ人の悲しみや痛みの話を聞き、その思いを持ってポーランドに行ってアウシュヴィッツを訪れたわけやけど・・・。
すごく複雑な気持ちやった。それぞれの国がそれぞれの悲しみを持っているわけで・・・。
博物館を訪れていた人は、もちろん過半数がヨーロッパの人たち。
泣いている人もいれば、難しい顔をしている人、言葉に詰まっている人・自分の子供に一生懸命伝えようとしている人さまざま。
決して喜んで行く観光地ではないけれど、あれだけの施設を無料開放している(相当の維持費が掛かっていると思います)その背景には一人でも多く国籍問わず確かにあった事実を見て欲しいってことなんだと、自分で行ってみてよくわかりました。
あの時感じたことを忘れることのないように。



↓読んで頂きありがとうございます。
 チェコ最後の晩餐は・・・・・・・・
 タイフ~ド( ゚д゚*)
 プラハには中華・タイフードがたくさん!
 近所の中華&タイ料理屋さんが安くで美味しいんだ。
 (主の愛想の悪さを除けばカンペキ!なんやけど・・・(-_-))
 米と唐辛子を体に補給して夜行バスに備えやす~
 アジアの体臭をプンプンさせて~~
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Posted at 02:36 | 7th Poland | COM(0) | TB(0) |
2011.03.17

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所 Oswiecim

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            Painted by Illustrator Yurika Nishi



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依然チェコ・プラハから抜け出せず・・・。
完全に初めて沈没と言うのを味わっています
毎日スーパーマーケットとホステルの往復の日々。
日本が大変の最中、どう旅をしていけば?と自問自答の毎日です。
きっとこれも何か私の役目があると信じたいと思います。
私に出来る些細なことを考えながら、、、
(*´I`)y─┛.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o


ポーランドには、ここを訪れるために来たと思う。
でも、なかなかブログ書けなかった書こうとしなかった、、、書こうか書かないかで・・その繰り返しで、普段は乗ってくるとダラダラ書けるブログも、すごく指が重く動かなかった。。。その上、ちゃんと書ける自信もなく。
でも、それだけのことを自分が感じた場所だから、今後の自分自身の為にも残しておくべきだと思い書くことにしました。
ただ、私は知識が無いので、間違って解釈していたり、もし私の書いたことで不快になられた方がおられたらすみません。。。
そんな私の"アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所"の旅。
私のビルケナウ強制収容所に触れたことは今まで2度。
一つは高校時代、授業の一環としてヒトラー率いるナチ政権のアウシュヴィッツのドキュメントムービーを見て衝撃を受けたこと。モノクロで全てを映し出していた、これが本当にあったことなんだと、本当に衝撃を受けた。
当時は、授業=昼寝タイムくらいにしか思ってない最低な時期もあったけれど、このドキュメントを見る授業がある時は、すごく前向きな自分が居たのを覚えている・・・。
そしてもう一つは、ドラマ「白い巨塔」。最後の方の回で唐沢さん扮する財前教授が第2アウシュヴィッツ・ビルケナウで死の門へ向かう線路の上を一歩一歩、自分の人生を振り返りながら歩いていたあのシーン。
その時も高校の時に見たドキュメントを思い出し、更に衝撃的やった。
どうしても、この自分の足で行きたいって漠然とその時から思って、想い叶い行くことができました。

クラクフからアウシュヴィッツ博物館まではバスが出ていて、1時間で行けます。
博物館前で降ろしてくれました。

アウシュヴィッツ収容所は第二次世界大戦中5年間にもナチス・ドイツによって占領された、この収容所は1940年にポーランド人政治犯を収容されるために設立された。
当初はポーランド人虐殺の場として利用する予定だったが、ナチスは全ヨーロッパの人間・ユダヤ人・ジプシーとソ連軍の捕虜を送り込んだ。
1939年9月の戦闘のあと、オシフィエンチム市を含むその一帯はドイツ第三帝国の一部に加えられた。同時にナチスはその名前をアウシュヴィッツに変更した。(国立オシフィエンチム博物館資料より引用)
・・・・なので、アウシュヴィッツは正式な地名ではなく、本当はオシフィエンチム市。
博物館行きのバスにも、アウシュヴィッツという記載はなく、あくまでも「オシフィエンチム」行きとされていました。そりゃそうやんね。


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収容所の入口のゲート「ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)という文字が掲げられています。
そして有名なのが、ARBEITのBが上下逆さまになっていること。収容者が作らされたもので、せめてもの抵抗の証としてこのように逆さまに作ったっていう説があるらしい。

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アウシュビッツ収容所へ殺害されるために送られてきた人々の殆どは、東ヨーロッパに移住させられるだけと信じていた・・・
鉄道引き込み線に着いた人々を待っていたのは、「選別」
医師が判断して労働できそうな人たちは収容所へ送られれ、仕事ができないと判断された人たちはガス室へ(ガス室へ行くってことは・・・わかりますよね??)証言によると、運ばれてきた人間の70~75%がガス室へ送られていたそう。性別・年齢関係なく・・・。

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窒息死に使われたチクロンBという毒薬の使用後の缶の山。
シャワーを浴びさせてやると隊員に騙され、皆洋服を脱がされシャワー室にみせかけた、天井には水が出たことのない本当に見せかけの嘘のシャワーの室。その天井の穴から、この毒薬チクロンBを投入して窒息死させた。
死体からは金歯が抜かれ、髪の毛が切られ、指輪やピアスが取られ(全部お金になるから・・・)そして死体は焼却炉へ。髪の毛も展示されていました、髪の毛で生地が作られたそう・・・。

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収容所に送られてきた人たちのトランクや靴。トランクには名前や住所が書いてあります。
みんな、生活するために新たな生活に希望を持って。お気に入りのよそ行きのピカピカの靴を履いて・・・。
私が思うに靴ってその人の生き様が出ると思う。だから、この靴の展示は本当に辛かった。すごく強いものを感じました。
また人々の食事量は僅か、、、朝食という名のコーヒーと呼ばれた液体、昼食として水のような腐ったスープ、夕食は黒パンと薬草の飲み物。博物館で思わず目を逸らしたくなる痩せ餓えた女性の写真を見た時は・・・・こうして、世界の食べ物を食べ歩いている自分に、気が引けてしまいました。
少し経った今は、だからこそ、そんな思いを感じたからこそ現代を生かしてもらってるからこそ、感謝しないとと改めて思えるようになった、思うようにしています。

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「死の壁」ここで主にポーランド人を銃殺したよう。花束がその悲惨さを物語っていました。
ここのブロックは「死のブロックと呼ばれていて、内部はほぼ当時のまま臨時裁判所や監禁室、移動絞首台、飢餓室、立ち牢などが残されています。

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またナチスはこれだけの施設では満足せず、ここから約2kmほど離れた所に更にも大規模な一大殺人工場を作りました。それが第2アウシュビッツことビルケナウです。

取りあえずここまで。
なかなか、書いてて重たくなるので一気に書けません(*_*)
今回私は、ガイドなしで見て回りましたが時間が合えばガイドを付けて回ったほうが、より深く理解出来ると思います。また、常駐ではないようですが日本人ガイドさんもいらっしゃるようです。
今回のブログも、ほとんどを"国立オシフィエンチム博物館 案内書"を引用させて頂きました。

↓読んで頂きありがとうございます。
 何度も言いますが、日本が大変な時にしかもこんな気が重たくなるブログを書いたこと、読んで下さった方が益々気が重たくなったりしたらすみません。
でもこのタイミングも何か意味があるのかもしれません。と思って、私はブログを書くことにしました。。。
読んで下さった方、すみません ありがとうございます。
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今日も日本のことを想って・・・。
Posted at 22:55 | 7th Poland | COM(2) | TB(0) |
2011.03.10

寒寒 Kraków

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チェコ・プラハに舞い戻ってきました。
いつまで居るんだろうか??????
実は、ここプラハはタイ古式マッサージが流行っているそうで私が思うにプラハの街中、約500Mずつに1軒ある気がするのです!!
びっくり!!そして、物凄い誘惑力(*_*)
で、実は舞い戻ってきた当日、とうとう我慢できなくて行きました。
一先ず、様子見のフットマージを。
あぁ、、、、、なんて幸せ、気持ちいいのか・・・★やっぱりマッサージは最高の贅沢です!
しかも、やってもらった人がチェンマイ出身の人で。
あぁ、、、、チェンマイ、、、、★懐かしい。
価格的は、日本より少し安い・・・けど!もちろんタイ価格には及びません(。´Д⊂)
もう一回出来たらいいな・・・
(*´I`)y─┛.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o


ワルシャワから列車で2時間半クラクフへ。
ワルシャワが、日本の東京とするならクラクフは京都とも例えられる歴史的な街並みらしい。
クラクフ歴史地区として世界遺産にも登録されているよう。
今回私がクラクフを訪れたのはビルケナウ強制収容所(アウシュビッツ)に行くにはクラクフが最寄りの街となるため。
ただ、ほんっとに何回も書いてますが、あまりにも寒すぎたので、3泊したうちのほとんどをホステルか、ショッピングモールの中でヌクヌクしておりました。
なので、サラリとクラクフの街並みを・・・。
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歩いていると突如ラッパの音が上から!見上げると聖マリア教会からラッパが吹き鳴らされていました。
辺りの雰囲気と、マッチしててなんか心に沁みた。。。
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おっと!木が主役に!私の写真っていつもこんなのばっかり・・・。トホホ、、、、、。適当人間がにじみ出てる!?(;´Д`A ```
織物会館と呼ばれる、旧市街地の中心広場にある長さ100Mもある建物。現在は1階は土産物屋さんになってる。このクラクフの旧市街地の広場は中世からそのまま残っている広場としてはヨーロッパ最大らしい。
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誰やろうか?広場に堂々とありました。
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ヴァヴェル城、、、の模型。
ほんっと、今写真を振り返って見ても寒そうやわ~(((=ω=)))

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クラクフの駅に直結しているションピングモール♪
私、つくづく何処へ行っても好きですショッピングモール。
必ずフードコートを要チェケラ~!!
この日もフードコートに一目散に突撃しようとしてたら、こんな光景が目に飛び込んできて思わずブレーキが!
なんとまぁ!!伏見稲荷さん!!ポーランド、クラクフで!?お稲荷さん!?しかも伏見稲荷さん!
かなり大興奮!!
どうも期間限定で日本を知ろう展示会をしていました。
この他に、着物も置いてあった。
こうゆうのって、心底嬉しい。
しかも2枚目の写真、良くできていると思いませんか??
奥にずっと続いているように見えますが、作り物の鳥居の奥は一枚ものの写真がプリントされた布です。その布にライトが当ててあるのです。
京都府民・・・感動!!
おおきに と旅の安全と皆の健康と安全を祈って。


↓読んで頂きありがとうございます☆
 ばすたぶぅ~~
 結局、バスタブがある部屋が、この間泊まった1室だけやったみたい(+o+)
 私のバスタブプハ~の夢が儚く散ってゆきました。
 喝ポチ、押して下さっている方、いつもありがとうございます(*´-`*)ゞ
 しばし、喝ポチ→ダラポチ にて変更させてもらってもいいですか???(●´ェ`●)
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Posted at 06:30 | 7th Poland | COM(0) | TB(0) |
2011.03.07

寒 Warszawa

(*´I`)y─┛.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o
只今、オーストリア・ウィーン。
ザッハトルテ~~♪♪
街並みも、とても綺麗。
そして歩いていると何人ものランナーを見ます。
旅立って2ヵ月半・・・そろそろ、ジョギングが恋しくなってきた。
私も走りたい・・・
しかも、最近ずっと食べている気がするし、走らないと・・・。
だいぶ、温かくなってきたし。っていってもまだ寒い。
ようやく、ブログもポーランド編へ入りました。
(*´I`)y─┛.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o

ドイツ・ベルリンからワルシャワまでは、ワルシャワエクスプレスにて列車で5時間少しで到着。
途中、車窓を眺めている私はあることに気が付く・・・。
「雪が徐々に増えていく・・・」
これは、もしかしたら結構寒いかもしれないヽ(´Д`)ノ
そんなことを思いつつ、列車はポーランドの首都ワルシャワに到着。
「あれ!?雪がない・・・」
これはいけるぜ!
っと思ったのも束の間、、、寒ブリを思い出しました

リアルタイムのつもりの、
(*´I`)y─┛.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o←この前置きでもお伝えしていた通り、
もう、ほんまに激激寒寒でした(´Д`)
空気が違った!痛かった!
あんな寒い思いを空気を感じたのはいつ以来やろう?
って言っても私の大好きな街・福知山市も寒い時は相当冷え込むから慣れているはず!
でも寒かった。
たまたま私が居た時が寒い時やったんかなと思ったけど、後々出会う旅人にその話をしたら、みんなポーランドは寒かったって顔色を変えて言っているから、ポーランドはきっと寒い所なんやろう。
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わかりにくいけけど、私の首に巻いていたストールが凍る程。
しかも、一瞬外を出ただけで鼻の中も凍りました。
鼻をムズムズしたら、パリパリした(;´-`).。oO
そんな中、ホステルと外を行ったり来たりしながら、街歩きをしました。
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旧市街地。
ワルシャワ歴史地区として、世界遺産にも登録されている街。
ポーランドも四季があって秋は黄金の秋とも言われているみたい。
きれいなんやろなぁ。
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「バルバカン」という赤レンガ造りの円形状の砦。15世紀から16世紀にかけて造られた砦で、火薬庫や牢獄として使われたらしい。第二次世界大戦で破壊され、戦後に見事復元!
第二次世界大戦で徹底的に破壊された街。
その後、ワルシャワ市民が壁のひびの1本まで忠実に、と復元したよう。
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そう思って眺めると、レンガ一つにも重みを感じる。

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サスキ公園にある「無名戦士の墓」
左右両側を衛兵が直立不動でお墓を守っています。
運よく、毎時ちょうどに行われる衛兵の交代を見ることができました。
任務を終え去っていく衛兵の背中、、、今でも記憶にしっかり残っています。
お墓と、そのお墓を守る衛兵を見た時、寒いんやけど、温かくなった瞬間でした。

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ポーランド料理ってなんぞや!?と思って、調べてみたら・・・
「基本的には家庭料理である」
???
ポーランドレストランに行ってみました。
ポーランドのスープは美味しかった!
私がたまたま飲んだのはポテトスープやったんやけど、家庭の味がした・・・
!!!
そういうことか!!家庭料理。
納得。
メインは豚のカツレツ。
少し味が薄い気がしたけど、それこそ家庭の味!
こちらランチメニューなんやけど、かなりボリューミー☆
ケーキまで付いてきました。これで日本円にして600円!お得感満点☆
雰囲気もとっても良くて、スタッフはポーランドの民族衣装をきています。
寒い時に、こうやって雰囲気の良い所で美味しいもの食べながら、ほっこりして温まる・・・
私の大好きな時間を過ごせました。

↓読んで頂きありがとうございます☆
 明日、、、、、、舞い戻ります。チェコ・プラハに(*´▽`)*´▽`)*´▽`)ノ
 プラハが気に入った!?あのバスタブが気に入った!?
 さてどっちだ???
 喝ポチ、押して下さっている方、ありがとうございます(*´-`*)ゞ
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Posted at 02:33 | 7th Poland | COM(0) | TB(0) |
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